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【焦点】建築物のCO2を「見える価値」へ、ライフサイクルカーボン評価制度が始動―官民関係者301名が制度設計と課題を議論

2026.07.26

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国土交通省と経済産業省は7月13日、東京都千代田区の経団連ホールで「ライフサイクル思考が生み出す新たな環境価値~建築物ライフサイクルカーボン評価制度の可能性~」と題したシンポジウムを開催。日本経済団体連合会、住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)が共催し、会場には不動産、建設、金融、鉄鋼、セメント、木材、行政などから301名が参集した。建築物の資材製造から施工、運用、改修、解体・廃棄までを通じた温室効果ガス排出量を評価する新たな制度の方向性を共有した。

建築分野は、これまで建物の使用時に消費するエネルギーの削減が政策の中心だった。2025年4月には、原則すべての新築住宅・建築物を対象に省エネ基準への適合が義務化され、2030年度にはZEH・ZEB水準への引き上げも予定される。

一方、資材の製造や施工時に発生する「アップフロントカーボン」、改修・解体を加えた「エンボディドカーボン」を含め建築物の脱炭素化は、使用時のエネルギーだけでなく、建物の生涯全体を捉える段階へ移りつつある。

今回のシンポジウムでは、国が検討を進める建築物ライフサイクルカーボン評価制度の概要に加え、GX製品の需要創出、有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示、建材の環境データ整備など、制度を取り巻く政策と最新動向が紹介された。後半のパネルディスカッションでは、素材メーカー、不動産会社、金融機関の代表者が、低炭素建材の価格、市場評価、投融資への反映などを議論した。

■省エネから建物の「一生」を評価する政策へ

開会挨拶に立った国土交通省の宿本尚吾住宅局長は、日本のCO2排出量の約4割が住宅・建築物に関連。1979年の省エネ法制定以来、建築行政は主として使用段階のエネルギー消費量を対象としてきたが、今後は資材製造、施工、改修、解体までを含むライフサイクル全体の削減へ踏み込む必要があるとした。

建築物の評価軸については、従来の「美しさ」「使いやすさ」「強さ」「コスト」に『環境・脱炭素』という新たな要素が加わると指摘。耐震性や快適性、耐久性を確保しながら環境負荷も抑える、総合的な建築設計が求められる。

経済産業省の伊藤禎則GXグループ長は、GX政策を「エネルギー安全保障、経済成長、脱炭素の同時実現を目指す取り組み」と位置付けた。日本は化石燃料の輸入に年間約20兆円を超える資金を支出、国際情勢の変化に左右されやすいエネルギー構造を抱える。GX投資は環境政策だけでなく、産業競争力や経済安全保障を支える「危機管理投資」の性格も持つ。

低炭素素材の供給を増やすには、製造設備への支援だけでなく、製品を購入する需要側の市場形成が欠かせない。製品のカーボンフットプリントなどを通じた「GX価値の見える化」、企業や公共部門による「積極調達」が需要創出の柱に挙がる。

経団連側からも環境委員会地球環境部会の船越弘文部会長(日本製鉄副社長)が登壇。企業の排出削減努力を市場価値に転換する仕組みの重要性が示された。建築物は設計、資材、製造、施工、運用、解体まで関係者が多い。建設・不動産業だけでなく、素材、物流、エネルギー、金融を含めたサプライチェーン全体の連携が不可欠となる。

■30年以上続く評価研究、J-CATで実務段階へ

基調講演では、建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会座長で、ゼロカーボンビル推進会議委員長を務める伊香賀俊治IBECs理事長が、国内外の制度動向を解説した。

日本では1990年代から、住宅・建築物が建設から使用、廃棄までに排出するCO2の評価研究が進められてきた。日本建築学会によるLCA指針、官庁施設のグリーン化指針、CASBEEへのLCCO2評価導入など、評価基盤は段階的に整備されている。

国際的にも制度化が加速する。2023年のG7環境大臣会合・都市大臣会合では、建築物のライフサイクル全体を通じた脱炭素化の重要性が共有された。欧州連合では改正建築物エネルギー性能指令により、2028年から延べ面積1,000平方メートルを超える新築建築物、2030年からはすべての新築建築物を対象として、ライフサイクルに伴う地球温暖化への影響の算定・開示を求める方向となっている。

国内では、ゼロカーボンビル推進会議が建築物ホールライフカーボン算定ツール「J-CAT」を開発した。大規模建築物版に続き、戸建て住宅版も整備され、無料で利用できる共通算定基盤が形成されつつある。

J-CATは、事業の進行段階や算定目的に合わせて簡易、標準、詳細の3種類の算定方法を用意する。従来の「工事金額に排出係数を掛ける」方法ではなく、コンクリート、鉄、木材などの使用数量に、それぞれの排出原単位を掛ける数量ベースの算定を基本とする。

金額ベースの計算では、同じ資材でも価格上昇によって排出量が増えたように見えたり、高価な低炭素建材を採用したことで、かえって算定値が大きくなったりする問題があった。数量ベースへ移ることで、設計変更による資材使用量の削減や、低炭素製品への切り替えといった努力を反映しやすくなる。

削減策としては、杭の長さや資材数量の適正化、低炭素コンクリートや電炉鋼、グリーンアルミ、木材の採用、建設現場での再生可能エネルギー利用などが挙げられた。

■2028年度を目途に届け出・説明制度

経済産業省の河野孝史GXグループGX推進企画室長はGXをめぐる情勢とGX 需要創出施策について紹介。国土交通省の髙木直人住宅局参事官は、改正建築物省エネ法案に盛り込まれた制度案を説明した。

制度の中核となるのが、一定規模以上の建築物に対する評価結果の届け出である。延べ面積5,000平方メートル以上の事務所を新築する場合、建築主が着工前にライフサイクルカーボンの評価結果を国へ届け出る仕組みを想定する。通常は着工14日前まで、第三者認証を受けた場合は着工3日前までとする方向で、2028年度からの開始を目指す。

延べ面積2,000平方メートル以上の非住宅建築物では、建築士が建築主に対し、ライフサイクルカーボン評価の実施を検討するよう説明する制度を設ける。全用途、全規模の建物を対象として、評価結果を表示できる第三者認証制度も法定化する。

最初に5,000平方メートル以上の事務所を対象とする理由は、棟数が年間約200棟と限られる一方、建築物のライフサイクルカーボン排出総量に占める割合が大きいため。制度開始後は、おおむね5年以内に対象となる用途や規模の拡大を検討する。将来的には、排出量の上限値や削減基準を設定することも視野に入る。

資材の排出原単位は「業界代表データ」「個社製品データ」「デフォルト値(国)」の3層で構成する。計画初期には業界の平均的な数値を使い、採用製品が決まった段階でEPDやカーボンフットプリントなど個別製品のデータへ置き換える。

国が用意するデフォルト値は、データが存在しない場合に使う補完的な数値となる。製品データの作成を促す観点から、デフォルト値をやや高めに設定し、環境情報を整備した企業や製品が算定上有利になる仕組みも検討する。鉄、コンクリート、木材など、構造躯体を構成する主要材料のデータ整備を優先する。

制度では、脱炭素だけを優先して建物の安全性や耐久性を損なわないことも重視する。耐震性能を高めれば鉄筋やコンクリートの量が増える場合がある。長寿命化のために建設時の排出が増えても、建て替え回数が減れば生涯排出量は小さくなる可能性がある。構造安全性、快適性、経済性、リユース、リサイクルを含めた総合評価が必要となる。

■金融開示と建物LCAが接続

金融庁の小長谷章人企画市場局企業開示課長は、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示・保証制度について説明した。

国際サステナビリティ基準審議会が2023年に公表した基準を踏まえ、日本のサステナビリティ基準委員会は2025年3月にSSBJ基準を策定した。改正金融商品取引法では、東京証券取引所プライム市場の上場企業を対象に、時価総額に応じて開示を段階的に義務化する。

時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期、1兆円以上3兆円未満は2028年3月期、5,000億円以上1兆円未満は2029年3月期から適用する方向となる。開示義務化の翌年度からは、第三者による保証も求める。

企業の直接排出となるScope1、購入電力などに伴うScope2だけでなく、原材料調達、物流、製品使用、投融資などサプライチェーン全体のScope3も開示対象となる。建設会社や不動産会社では、建材製造や建設工事に伴うScope3の割合が大きい。建築物のライフサイクルカーボンを数量ベースで把握できれば、企業のサステナビリティ開示の精度向上にもつながる。

Scope3は企業が直接測定できない範囲も広いため、活動量と排出係数を使った推計も認める。合理的な根拠に基づく見積もりや将来情報については、一定の条件を満たした場合に法的責任を限定するセーフハーバー・ルールも設ける。

■コンクリート、木材、鉄鋼が示した脱炭素への道筋

後半のパネルディスカッションは、東京大学大学院の清家剛教授がモデレーターを務めた。太平洋セメント、サイプレス・スナダヤ、日本製鉄、三井不動産、みずほ銀行の代表者が登壇した。

清家教授は、戸建て住宅だけでも約6万点の部材が使用される一方、建設時の排出量や資材重量の7~9割程度をコンクリート、鉄、木材の主要3資材が占めると説明した。すべての部材を精緻に計算するだけでなく、影響の大きい資材から削減を進めることが現実的となる。

太平洋セメントの江里口玲執行役員は、セメント産業が大量の廃棄物を原料や燃料として受け入れる資源循環産業でもあると説明した。石炭灰、鉄鋼スラグ、下水汚泥、建設発生土、廃タイヤ、廃プラスチックなどを使用し、廃棄物処理と素材供給の両面を担う。

一方、セメントは石灰石を焼成する化学反応からCO2が発生する。燃料を再生可能エネルギーなどへ転換しても、原料由来排出が残る。このため、石灰石使用量の削減、混合セメントの普及、水素やアンモニアの活用、CO2回収・利用・貯留、高強度化による使用量削減、コンクリートへのCO2固定など、複数の技術を組み合わせる必要がある。

江里口執行役員は、コンクリートが人命や社会インフラを支える材料である以上、環境負荷の削減によって強度や耐久性が損なわれてはならないと指摘した。「強いものを長く使う」という長寿命化の視点も、ライフサイクル全体では大きな削減効果を持つ。

サイプレス・スナダヤの砂田雄太郎社長は、木材の炭素貯蔵機能を紹介した。樹木は成長過程でCO2を吸収し、建築物に使用すれば炭素を長期間建物内に固定できる。製材時に必要なエネルギーも比較的少ない。

同社は国産ヒノキの大手製材事業者で、大規模建築向けのCLTや集成材も製造する。大阪・関西万博の大屋根リングでは、屋根部分の約7割に資材を供給した。ただ、非住宅向け木質構造材、中高層建築への普及は途上にある。

全国の製材所の多くは中小企業で、自社製品のEPDやカーボンフットプリントを作成する人材や資金が不足する。砂田社長は、個社データの整備と並行して、業界平均値を早期に整備する必要性を訴えた。

日本製鉄環境政策企画部の平川智久上席主幹は、鉄鋼業の排出構造と技術開発を説明した。高炉法では、鉄鉱石から酸素を除く還元工程で石炭由来の炭素を使用するため、排出量の約9割が自社工程のScope1に集中する。既存設備の改善だけでは削減に限界があり、製鉄方法そのものを転換しなければならない。

同社は、大型電炉、高炉への水素吹き込み、水素直接還元製鉄などを開発している。八幡、広畑、周南で大型電炉の建設を進め、投資額は約9,000億円に上る。2050年までの技術開発と設備投資は、総額数兆円規模になる見通しを示した。

削減した排出量を特定の鋼材に割り当てるGXスチールも販売する。需要家が環境価値に対価を払い、その収益を次の脱炭素投資に回す循環を目指す。

■「良い建材」を誰が買い支えるのか

三井不動産の松野健太郎サステナビリティ推進部長は、デベロッパーの排出量の大半がScope3であり、建設時のアップフロントカーボン削減が重要と説明した。

不動産協会は2023年に建設時GHG排出量算定マニュアルを策定した。三井不動産も2023年10月以降に着工した約20物件で個別算定を実施している。排出源を可視化することで、設計者、施工者、建材メーカーが共通の数値をもとに削減策を検討できるようになった。

同社は北海道に約5,000ヘクタールの森林を保有し、日本橋で木造と鉄骨などを組み合わせた混構造オフィスビルを開発している。木材の調達から建物利用までを一つの物語として示すことで、テナントからの評価や賃料への反映も一部で確認している。

ただ、低炭素コンクリートなどの採用は限定的という。過去5年間で建築費が大幅に上昇し、事業者は設計や仕様を見直して採算を確保している。低炭素建材が通常品より高い場合、テナント賃料、分譲価格、不動産評価、融資条件などで見返りがなければ、本格採用は難しい。

素材メーカー側は、脱炭素設備への巨額投資やEPD作成費用を負担している。需要側は、建築費高騰の中で追加コストを吸収できない。この供給側と需要側の「温度差」を埋める市場設計が、討論の中心となった。

■金融は環境性能を資産価値へ転換できるか

みずほ銀行の山我哲平サステナビリティ企画部担当部長は、金融機関が企業の環境対応をリスク、成長機会、外部評価、資金調達の各面から評価していると説明した。

サステナビリティ・リンク・ローンでは、企業が設定した環境目標の達成度に応じて金利条件などを変える。グリーンローンやグリーンボンドでは、資金使途を環境改善事業に限定し、排出削減効果を継続的に確認する。みずほグループは2019~2030年度に100兆円のサステナブルファイナンスを実行する目標を掲げる。

現時点では、建物単位のライフサイクルカーボンが融資金利や不動産評価に直接反映される事例は限られる。ただ、共通ルールのもとで信頼性のあるデータが蓄積されれば、環境性能の高い建物を融資審査や投資評価で優遇する可能性が広がる。

もっとも、金利の大幅な引き下げだけで低炭素建材の追加費用を補うことは容易ではない。外部評価費用の支援、融資手続きの簡素化、投資家評価の向上、補助金や公共調達との組み合わせなど、複数のインセンティブが必要となる。

■算定から「評価し、褒める」制度へ

会場の床材メーカーからは、製品のほぼすべてでEPDを取得しているものの、排出量の開示だけでは企業の削減努力が評価されないとの問題提起があった。

清家教授は、異なる建材のLCA数値を単純に比較することには慎重さが必要と回答した。構造、耐久性、施工方法、使用条件が異なれば、数値だけで優劣を判断することはできない。データの誤差も存在する。

その上で、制度の第一段階では、正確なデータを算定し、開示していること自体を評価する必要があるとした。データが蓄積された次の段階では、業界平均や標準値との比較を通じて、削減努力に優れた製品や建物を「褒める仕組み」を整える。

公共工事の入札加点、補助金の採択要件、税制、融資条件、テナントや投資家への表示などと連動すれば、算定結果が市場価値へ変わる。LCAを単なる提出書類に終わらせず、企業の投資回収を支える制度にできるかが問われる。

木材、コンクリート、鉄を対立的に評価するのではなく、それぞれの特徴を生かす考え方も共有された。木材は製造時排出量が少なく炭素を貯蔵する一方、大規模・中高層建築では耐火性、耐震性、コストなどの制約がある。鉄やコンクリートと組み合わせたハイブリッド構造が、現実的な選択肢となる。

日本は地震が多く、欧州と比べて高い耐震性能が求められる。安全性確保のため資材量が増える事情を国際基準の中で適切に説明し、日本の建築特性を踏まえた制度を設計する必要もある。

■脱炭素規制を新たな経済循環へ

閉会挨拶では、内閣官房の今村敬内閣審議官が、国土交通省、経済産業省、金融庁、環境省などが連携し、2028年度の制度開始に向けた環境整備を進める考えを示した。

建築物ライフサイクルカーボン評価制度は、排出量を計算するだけの規制ではない。素材メーカーの設備投資、不動産会社の建材調達、企業のサステナビリティ開示、金融機関の投融資判断、テナントや購入者による建物選択をつなぐ共通言語となる可能性を持つ。

今後の課題は、算定に必要なデータを増やしながら、実務負担を抑えることにある。建材メーカーが作成したEPDやカーボンフットプリントをJ-CATなどの算定ツールへ円滑に取り込める仕組みや、設計・施工データとの連携も欠かせない。

同時に、環境性能の高い建材や建築物に価格差を認める市場を形成する必要がある。公共調達や補助制度が初期需要を支え、不動産市場や金融市場が資産価値として評価し、得られた収益を素材産業の次のGX投資へ戻す。この循環が成立して初めて、脱炭素素材の量産と価格低下が進む。

建物の価値はCO2削減量だけでは決まらない。耐震性、耐久性、快適性、長寿命化、資源循環、地域産業、生物多様性などを含めた「マルチバリュー」の視点が求められる。

301名が参集した今回のシンポジウムは、建築物の脱炭素化が、使用時の省エネという一つの分野から、素材産業、不動産、金融、情報開示を横断する産業政策へ広がったことを示した。2028年度の制度開始に向け、ライフサイクルカーボンの算定結果を、負担ではなく新たな価値へ転換できるか。官民による市場設計が本格化する。

〔参照〕
シンポジウム「ライフサイクル思考が生み出す新たな環境価値~建築物ライフサイクルカーボン評価制度の可能性~」開催