【独自】芝浦工業大学 秋元孝之 建築学部長に訊く:これからのゼロエネ建築 「ZExを超え、次代はライフサイクルカーボンへ」
脱炭素社会の実現に向けて。ZEH/ZEBといったゼロエネルギー建築(ZEx)は果たして何をめざすべきなのか。長年に渡り同市場の方向性を打ち出してきた芝浦工業大学建築学部長の秋元孝之教授に今後の展望を訊いた。
—まずは脱炭素社会実現に向けた、政策動向についてお伺いできますか?
我が国のエネルギー政策は一貫してカーボンニュートラルをめざしていることに変化はないが、2024年末から今春にかけて『第7次エネルギー基本計画』『GX 2040ビジョン』『地球温暖化対策計画』といった各種ロードマップが見直され全体像が明確になった。
政策決定は一見すると個別の取り組みのようにみえるが、エネ基が全体像、GXと温対計画が具体案という位置づけで一体運用される。2040年度にエネルギー自給率を3~4割に高めるとともに再エネ比率を4~5割へと引き上げ、温室効果ガス削減割合を2013年度比で73%削減する。
これらを実現するために10年間で150兆円規模の官民投資を呼び込むとしている。S+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)を前提に経済成長と脱炭素化の両立を図っていくという方針である。
—住宅・建築物はどのように位置づけられますか?
住宅・建築分野はこれら政策目標を達成する上で重要な役割を果たしている。住宅やビルなどの建築物は、エネルギー消費量の一角を占めていることは言うまでもなく、その改善が脱炭素社会の実現に直結する。
政府としては「2050年にストック平均でのZEH (Net Zero Energy House)・ZEB(Net Zero Energy Building)基準の水準の省エネルギー性能の確保」「2030年度以降に新築される住宅・建築物はZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能の確保」を目標に掲げている。
これは2021年の段階で議論した「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」において策定されたロードマップを踏襲している。遡るならZEH補助事業が始まった2014年や1990年代に大手ハウスメーカーを中心に展開された省エネ住宅を源流とすることもできるだろう。
市場全体としては技術的にもコスト面でもZExを普及拡大させる段階へ時を経て到達したと言える。
—なるほど。では足元の普及状況はいかがでしょう?
一口にゼロエネ建築といっても分野毎に普及状況や課題が異なっている。経済産業省と環境共創イニシアチブ(SII)が公表している最新統計『ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)実証事業における調査発表会資料2024』によると2023年度におけるZEHシリーズ(『ZEH』/Nearly ZEH/ZEH Oriented)の合計は前年比1割増の約9.7万戸で建築着工に対し27.6%だった。まだ、経済産業省が掲げてきた基準においては過半数に満たないが、断熱性能の引き上げに伴う「長期優良住宅」「認定低炭素住宅」を加え「ZEH基準の水準」を満たした省エネ住宅は約5万戸あり、合計では約14.7万戸。ZEH基準化率は42%と算出されている。
集合住宅を対象とした「ZEH-M(通称:ゼッチ・マンション)」は低層から超高層までのZEH-Mシリーズ(『ZEH-M』/Nearly ZEH-M/ZEH-M Ready/ZEH-M Oriented)合計が対前年比8割増の約20万戸と急加速し、ZEHデベロッパー内でのZEH化率は過半数超となっている。
2024年は更に加速していると見られ、この春より建築物の省エネ基準適合義務化がスタートすることや住宅ローン減税措置、子育てグリーン住宅支援事業におけるGX志向型住宅、自治体独自基準による手厚い補助支援などを鑑みると住宅分野は一時期に不安視されていたが、順当に普及が進んできたのではないかといえる。
一方で非住宅分野「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」の取り組みも進んではいるがZEB化率はまだ1.3%と低く課題も多い。オフィスビルや商業施設では、空調や照明など大規模な設備がエネルギー消費の中心を占めており、その効率化に加え再エネの導入が必要となる。しかし、設備コストや設置スペースの制約などが普及のボトルネックとなっている。
—今後の方向性は?
次なるテーマとしては「ライフサイクルカーボン(LCC:Life Cycle Carbon)」の削減だろう。LCCとは、建物の材料製造、施工、運用、解体に至るまでの全ライフサイクルを通じて排出される温室効果ガスを評価・削減するという考え方だ。これまでのZExは、建物の運用段階に重点を置き、エネルギー消費を正味でゼロにすることをめざしてきた。
一方で、建設資材の生産や施工、解体といったプロセスでも温室効果ガスは排出されている。LCCを評価することで、建築全体の環境負荷をより正確に把握し、包括的な削減を進める必要がある。
実際、欧州ではLCCO2削減を義務化する動きが加速し、建設資材の選定やリサイクルまでを見越した建築設計が重要な基準となりつつある。日本においてもZExを通過点とし、ライフサイクルを凌駕する、真のゼロエネ建築をめざすべきだろう。
既に国土交通省と一般財団法人 住宅・建築 SDGs 推進センター(IBECs)が連携し『J-CAT(Japan Carbon Assessment Tool for Building Lifecycle)正式版』を公開するなど議論が深化している。
脱炭素社会の実現に向けた住宅・建築分野の挑戦は、まさにスタート地点に立ったばかり。ゼロエネ建築を超え、ライフサイクル全体での温室効果ガス削減が建築業界の次なる標準となる日もそう遠くはないだろう。市場に参画する産官学民の叡智と実現力に期待したい。
〔参照〕
▷第7次エネルギー基本計画が閣議決定されました
▷「GX2040ビジョン 脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 改訂」が閣議決定されました
▷令和5年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2024)
▷2050年カーボンニュートラルの実現に向けた住宅・建築物の対策をとりまとめ
▷ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス実証事業 調査発表会2023
▷ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス実証事業 調査発表会2024
▷ネット・ゼロ・エネルギー・ビル実証事業 調査発表会2024
▷住宅ローン減税
▷子育てグリーン住宅支援事業
▷建築物のライフサイクルカーボン算定ツール正式版を公開しました
▷建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT®)
▷ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)に関する情報公開
▷ZEB PORTAL – ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ゼブ)ポータル